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丸金醤油は、1社だけで始まったわけではなく、小豆島にあった数社のしょうゆメーカーが一緒になって設立された、いわば「アライアンス」企業です。設立後も1934(昭和5)年には小豆島内の3社と合併、続く1942(昭和17)年には小豆島内にあるしょうゆ会社の工場15ヶ所を統合、1962(昭和37)年にはさらに島内の4社が加わるなどしていきました。もともとの創業自体が、1社の営利追及というよりも、小豆島しょうゆを関東のしょうゆにも引けを取らないような地位に押し上げることを目的としていたため、複数の小豆島のしょうゆ業者が集まることで、丸金醤油は形成されていきました。
●丸金醤油を構成していった、小豆島のしょうゆメーカーのラベル。
1930(昭和5)年には、念願の東京市場への進出を果たし、これによって関東の有力しょうゆメーカー3社と肩をならべる「四印」のひとつと呼ばれるようになりました。続く1940(昭和15)年には満州醤油株式会社を、1942(昭和17)年には朝鮮丸金醤油株式会社を設立しますが、第二次世界大戦の終りをもって、大きく転換期を迎えます。戦中から続いた統制が撤廃されたことで自由な販売活動が可能となり、丸金醤油でも日本各地に出張所を設け、あるいは特約店を設置していきました。そして1949(昭和24)年には大阪証券取引所に四国の企業として初めて上場を果たし、その後、京都に研究所を設置、あるいは2000(平成12)年には忠勇株式会社との合併を経て、あらたにマルキン忠勇として生まれ変わりました。創業時は約6千石(1,080kl)だった生産量は、100年が経過した現在、出荷量32,518kl(2005年実績)となり、業界における大手五社の一角を成しています。これからもマルキン忠勇では、小豆島において1世紀をかけ培ってきた伝統的製法を守りつつ、良質のしょうゆ製品を皆さまにお届けしてまいります。
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